6.8kgは「軽い」だけではない。勝つために削った450g
2026年のツール・ド・フランスで、機材好きならどうしても気になる1台がある。
ヨナス・ヴィンゲゴールが駆る、Cervélo S5だ。
ヴィンゲゴールといえば、2022年、2023年のツール・ド・フランスを制したグランツールのスペシャリスト。そして現在、最大のライバルとして立ちはだかるのがタディ・ポガチャルだ。
ポガチャルが使用するColnago Y1RSは約7.25kg。
対して、ヴィンゲゴールのS5は約6.8kg。
単純計算で約450gの差になる。
「ヴィンゲゴールのほうが450gも軽い!」
確かに数字だけを見ればそうなる。
しかし、トッププロの機材を分析するとき、重量だけを比較して終わってはいけない。
むしろ重要なのは、
なぜ6.8kgまで軽量化したのか?
そして、
なぜ軽量化しながら、エアロロードであるCervélo S5を選んでいるのか?
という部分だ。
2026年仕様のS5を見ると、ホイール、タイヤ、ドライブトレイン、コックピットまで、すべてが「軽量化」と「高速巡航性能」のバランスを意識した構成になっている。
今回は、ヴィンゲゴールのS5を単なる「プロ選手の使用バイク」としてではなく、
「ツール・ド・フランスを勝つためのシステムとしてのバイク」
という視点から分析していく。
1.Cervélo S5の基本スペック|6.8kgを構成するパーツ群
まず、2026年仕様とされるヴィンゲゴールのCervélo S5を整理してみよう。
| 項目 | 仕様 |
|---|---|
| フレーム | Cervélo S5 |
| フレームサイズ | 51 |
| 車体重量 | 約6.8kg |
| コンポーネント | SRAM Red AXS |
| ドライブトレイン | 1× |
| チェーンリング | 52T |
| カセット | 10-36T |
| ホイール | Reserve |
| フロントリムハイト | 42mm |
| リアリムハイト | 49mm |
| タイヤ | Vittoria Corsa Pro Speed TLR |
| タイヤ表記 | F:29C / R:30C |
| 実測幅 | F:約33.4mm / R:約29.9mm |
| ハンドル幅 | 36cm(中心間) |
| ドロップ部 | 40cm |
| ステム | 120mm |
| ペダル | Wahoo Speedplay Aero |
このスペックを見て、まず気になるのがやはり重量だ。
6.8kg。
ロードバイクの世界では、もはや「軽量」という言葉だけでは足りない。
UCIの最低重量規定に極めて近い領域である。
しかも、実際のレースではサイクルコンピューター、マウント、ボトル、ボトルケージなどが加わる。
つまり、6.8kgという数字は、
「レース状態で6.8kg」ではなく、UCI重量規定を意識しながら各パーツを極限まで選別した結果
と考えるべきだ。
ここからプロチームの機材管理のシビアさが見えてくる。
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2.6.8kgの意味|軽量化は目的ではなく「性能配分」
ロードバイクの軽量化というと、
「とにかく軽くすれば速い」
と考えがちだ。
しかし、プロレースではそんな単純な話ではない。
ツール・ド・フランスでは、
- 超級山岳
- 1級山岳
- 長い登坂
- 高速ダウンヒル
- 平坦高速巡航
- 横風区間
- 集団内での位置取り
など、まったく異なる状況を1台のバイクで走り切らなければならない。
したがって、バイクに求められる性能は、
軽量性だけではない。
重量、空力、剛性、タイヤの転がり抵抗、ホイールの空力特性、横風安定性、ポジション、ギアレンジ。
これらをトータルで最適化する必要がある。
つまり6.8kgという数字は、
「軽量化の結果」ではあるが、「軽量化そのものが目的」ではない。
ここが重要だ。
ヴィンゲゴールのS5を見ると、
軽くできるところは徹底して軽くする。
その一方で、
高速域で失いたくない空力性能は残す。
という明確な性能配分が見えてくる。
3.2025年からホイールが変わった|57/64mmから42/49mmへ
2026年仕様で特に注目したいのがホイールだ。
2025年仕様では、
フロント57mm/リア64mm
という比較的ディープなリムハイトが使用されていた。
ところが2026年仕様では、
フロント42mm/リア49mm
へ変更されている。
この変更はかなり興味深い。
単純に考えれば、リムハイトを下げればホイール重量を抑えやすくなる。
しかし、それだけではない。
ホイールは回転体であり、リム外周部の質量は加速時の慣性にも影響する。
そのため、ヒルクライムや頻繁な加減速を伴うレースでは、単純な車体重量だけでなく、ホイールの重量配分や回転慣性も無視できない。
一方で、リムハイトを下げれば空力性能については不利になる可能性がある。
つまり42/49mmへの変更は、
空力性能を多少抑えてでも、重量・登坂性能・ハンドリング・横風安定性とのバランスを取り直した
と見ることができる。
これは「ディープリムから普通のホイールに戻した」という話ではない。
むしろ、
ツール・ド・フランスのコース特性に合わせて、ホイールの性能配分を変更した
と考えたほうが面白い。
4.なぜフロント42mm、リア49mmなのか?
さらに面白いのが、前後でリムハイトが異なることだ。
フロント42mm。
リア49mm。
この差には、エアロダイナミクスとハンドリングの両面から意味を見出せる。
フロントホイールはステアリング入力を受けるため、横風の影響がライダーの操作感に直接現れやすい。
特にプロレースでは、横風区間や高速ダウンヒルでの微細な操舵感が重要になる。
一方、リアホイールはフレームとライダーの後方に位置するため、フロントほどステアリングへの影響を直接受けない。
そのため、
フロントをやや浅く、リアをやや深くする
という前後異径の考え方には合理性がある。
ここで重要なのは、
「49mmのほうが42mmより速い」
という単純な話ではない。
空力性能はリムハイトだけで決まらない。
リム断面形状、タイヤ幅、リム内幅、タイヤとの接続形状、ヨー角、ホイール全体の重量などが複合的に影響する。
したがって、42/49mmという数字だけを取り出して評価するのではなく、
「このホイールを、このタイヤと、このバイク、このポジションで使う」
というシステムとして見る必要がある。
5.Vittoria Corsa Pro Speed TLR|タイヤ選択にも妥協なし
タイヤには、
Vittoria Corsa Pro Speed TLR
が選択されている。
表記サイズは、
- フロント:29C
- リア:30C
となっている。
ところが実測では、
フロント:約33.4mm
リア:約29.9mm
という数字になる。
ここは機材マニアなら見逃せない。
タイヤサイズは、カタログ表記だけでは実際の装着状態を完全には表現できない。
実測幅は、
- リム内幅
- リム形状
- タイヤケーシング
- 空気圧
- 装着条件
などによって変化する。
したがって、
「29Cだから29mm」
とは限らない。
むしろプロ機材を分析するなら、
タイヤ単体のスペックではなく、リムに装着した状態での実測値
を見るべきだ。
6.フロント33.4mmという実測幅をどう考えるか?
フロントが約33.4mmという数字を見ると、
「かなり太いのでは?」
と感じるかもしれない。
しかし、現代のロードレースでは、タイヤ幅の拡大は単純な重量増だけで語れなくなっている。
タイヤ幅が変われば、
- 接地形状
- ケーシング変形
- 必要空気圧
- 転がり抵抗
- グリップ
- 振動吸収性
- リムとの空力的な接続
などが変化する。
特にプロレベルでは、タイヤを単なる「路面と接触するゴム」としてではなく、
ホイールシステムの一部
として考える必要がある。
フロント側では、グリップと操舵安定性も重要だ。
一方、リア側はペダリングトルクを路面へ伝達する駆動輪としての役割がある。
そのため、
前後で同じタイヤ幅にすることが絶対的な正解ではない。
この前後差も、ヴィンゲゴールのS5を分析するうえで面白いポイントだ。
7.52T×10-36Tの1×|ここが最も「プロ仕様」らしい
そして、今回のS5で最も興味深い部分の一つがドライブトレインだ。
構成は、
フロント52T × リア10-36T
の1×。
一般的なロードバイクなら、
52/36Tや50/34Tといった2×が基本になる。
なぜなら2×のほうがギアステップを細かくでき、同じケイデンスを維持しながら速度変化に対応しやすいからだ。
それでも1×を選択する。
ここにプロレーサーならではの考え方がある。
8.52×10という巨大なギアをどう使う?
52Tのチェーンリングに10Tのトップギア。
ギア比は、
52 ÷ 10 = 5.20
となる。
これはかなり高いギア比だ。
例えば700C相当のホイール外周を約2.1mとして単純化すると、90rpmではおよそ59km/h前後の速度域になる。
つまり、下りや高速巡航で大きなギアを必要とするプロレースに対応できる。
一方、36Tを使った場合、
52 ÷ 36 ≒ 1.44
となる。
つまり、トップ側では高速巡航能力を確保しつつ、ロー側では山岳登坂にも対応する。
ここで重要なのは、
「52Tだから重い」という単純な話ではない
ということ。
重要なのはチェーンリング単体の歯数ではなく、
カセットとの組み合わせによって作られるギアレンジ
だ。
9.1×化の本当のメリットは「軽量化」だけではない
1×化すると、フロントディレイラーや関連する変速機構が不要になる。
当然、部品点数を減らせる。
さらにフロント側の変速機構を排除することで、空力面でもメリットを期待できる。
ただし、1×には明確な弱点がある。
それが、
ギアステップの大きさ
だ。
2×ではカセットの段数を細かく使えるが、1×では同じカセットでもギア間の落差を吸収しにくい。
しかし、ヴィンゲゴールのようなトッププロでは、必要な速度域・ケイデンス・出力域を高い精度で管理できる。
つまり、
「必要なギアだけを残す」
という考え方が成立しやすい。
これは一般ライダーとプロレーサーの大きな違いでもある。
10.1×を一般ライダーがそのまま真似していいのか?
答えは、必ずしも「YES」ではない。
むしろここが重要だ。
プロの機材は、
プロの脚力とコース、レース時間、速度域、チーム戦術
を前提として設計されている。
例えば一般ライダーなら、
- ロングライド
- 激坂
- 下り
- 平坦
- 信号停止
- ペース変化
など、プロロードレースよりはるかに広い速度域を走ることがある。
その場合、2×の細かなギアステップが大きなメリットになる。
したがってヴィンゲゴールの1×から学ぶべきなのは、
「自分も1×にしよう」
ではない。
そうではなく、
「自分の走行条件に本当に必要なギアは何枚あるのか?」
という考え方だ。
これがプロ機材を自分のロードバイクに応用する正しい方法だと思う。
11.36cmハンドル+120mmステム|空力とポジションの接点
コックピットも非常にレーシーだ。
ハンドル幅は中心間で36cm。
ステムは120mm。
ここで注目したいのは、ハンドル幅そのものより、
ライダーの上半身をどのように空力プロファイルへ収めるか
という考え方だ。
ハンドル幅を狭くすれば、前面投影面積を抑えられる可能性がある。
しかし、狭くすれば必ず速くなるわけではない。
肩幅、胸郭、呼吸、肘の角度、操舵性、下りでの安定性などとのトレードオフがある。
特にグランツールでは、長時間にわたって高出力を維持する必要がある。
したがって、
最大瞬間空力ではなく、長時間維持できるエアロポジション
が重要になる。
ここで120mmステムという長さも、フレームサイズ51との組み合わせで考える必要がある。
フレーム、ステム、ハンドル、サドル位置を一体として見ることで、初めてヴィンゲゴールのポジション設計が理解できる。
12.Wahoo Speedplay Aero|小さなパーツまで空力を追求
ペダルにはWahoo Speedplay Aero。
ここも「そんなところまで見るのか?」という部分だが、プロ機材を見るなら重要だ。
高速域では空気抵抗が支配的な抵抗要素の一つになる。
そのため、
フレームだけエアロ。
ホイールだけディープ。
タイヤだけ高速。
という考え方ではなく、
ライダー+バイク全体のシステムとして空力を考える
必要がある。
ペダル、シューズ、ウェア、ヘルメット、ポジションまで含めて空気の流れを整える。
これが現代のプロロードレースだ。
13.ヴィンゲゴール6.8kg vs ポガチャル7.25kg|450gの差をどう評価する?
ここで、最大のライバルとの比較に戻ろう。
| ヴィンゲゴール | ポガチャル | |
|---|---|---|
| バイク | Cervélo S5 | Colnago Y1RS |
| 重量 | 約6.8kg | 約7.25kg |
| 重量差 | 約450g軽量 | 約450g重い |
450gという数字は、ロードバイクでは決して小さくない。
しかし、
「450g軽いからヴィンゲゴールのS5のほうが速い」
という結論にはならない。
ここは上級者ほど慎重に見るべきポイントだ。
バイクの走行性能は、
重量
+空力
+転がり抵抗
+剛性
+タイヤ特性
+ポジション
+コース
の複合評価だからだ。
例えば平坦高速域では、数百グラムの軽量化より空力性能のほうが支配的になる場面がある。
一方、長い登坂では重量の影響が大きくなる。
つまり、
同じバイクでも、ステージによって「最適解」が変わる。
ここにツール・ド・フランスの機材選択の難しさがある。
14.「6.8kgにした」のではなく「6.8kgまで削れる部分を削った」
ここが今回の記事で最も伝えたい部分だ。
ヴィンゲゴールのS5を見ると、
軽量化できる部分は軽量化する。
しかし、
速度に直結する性能は残す。
という考え方が見えてくる。
例えばホイールは57/64mmから42/49mmへ変更。
ドライブトレインは1×。
タイヤはレース用のハイパフォーマンスタイヤ。
コックピットは36cm幅。
さらにエアロロードであるS5そのものを使用する。
つまり、
「全部を軽くする」のではなく、「性能への影響を考えながら重量を配分している」
わけだ。
これは一般的な軽量化チューンとは大きく違う。
15.UCI重量規定|軽ければ軽いほどいい、ではない
プロバイクを見るうえで避けて通れないのがUCIの最低重量規定だ。
6.8kgという重量は、UCI規定を意識した非常にシビアな領域になる。
さらに実際のレースでは、
- サイクルコンピューター
- ボトル
- ボトルケージ
- マウント
- センサー類
などが追加される。
つまり、チーム側では、
「最も軽い状態」ではなく「レースに必要な装備を付けた状態で規定をクリアする」
必要がある。
女子レースでは、自転車重量が規定を下回ったことで失格となった事例もあり、プロレースにおける重量管理がいかにシビアかを示している。
数十グラムの違いが結果を左右する。
これは一般ユーザーには想像しにくい世界だが、プロチームにとっては機材管理そのものがレース戦略の一部なのである。
16.プロバイクから学ぶべきなのは「パーツ」ではなく「考え方」
ヴィンゲゴールのS5を見て、
「6.8kgだから、自分のバイクも6.8kgにしよう」
と考える必要はない。
むしろ、それではプロ機材の本質を見失ってしまう。
学ぶべきなのは、
「目的に対して、どの性能を優先するのか」
という考え方だ。
例えばヒルクライムなら、
重量・回転重量・登坂時のギア比
を優先する。
平坦レースなら、
空力・タイヤ転がり抵抗・ポジション
を優先する。
ロングライドなら、
快適性・タイヤボリューム・振動吸収性
の重要度が上がる。
そしてレース志向なら、
重量・空力・剛性・転がり抵抗・ポジションを総合評価する。
これがプロ機材の見方だ。
17.6.8kgよりも重要な数字、それは「なぜ?」
ヴィンゲゴールのS5について、
「6.8kg!」
という数字は確かに強烈だ。
しかし、今回本当に注目したいのは、その数字ではない。
なぜ42/49mmなのか。
なぜ1×なのか。
なぜ52Tなのか。
なぜCorsa Pro Speedなのか。
なぜフロントとリアでタイヤ幅が違うのか。
なぜ36cmのハンドルなのか。
なぜエアロロードのS5なのか。
これらを一つずつ紐解いていくと、6.8kgという数字が単なる「軽量バイク自慢」ではないことが分かってくる。
それは、
「ツール・ド・フランスで勝つために、必要な性能を残しながら不要な重量を削った結果」
なのである。
まとめ|最強のバイクとは「一番軽いバイク」ではない
2026年のヴィンゲゴールのCervélo S5は、単純な軽量バイクではない。
その本質は、
軽量性と空力性能を両立させたレース用プラットフォーム
にある。
約6.8kgという重量。
42/49mmのReserveホイール。
Vittoria Corsa Pro Speed TLR。
52T×10-36Tの1×ドライブトレイン。
36cmハンドル+120mmステム。
Wahoo Speedplay Aero。
一つひとつを単独で見ると、ただのパーツスペックに見える。
しかし、それらを一つのシステムとして見ると、
「ヴィンゲゴールという選手が、ツール・ド・フランスというレースを走るために最適化されたバイク」
という姿が浮かび上がってくる。
そして、約7.25kgとされるポガチャルのY1RSとの比較も非常に興味深い。
約450gの重量差がある。
しかし、ロードレースは「軽いほうが勝つ」という単純な競技ではない。
重要なのは、
どのステージで、どの速度域で、どの出力を出し、どの性能を優先するのか。
そこまで考えて初めて、プロバイクの本当の価値が見えてくる。
だから、次にプロ選手のバイクを見たときは、
「何kg?」
だけではなく、
「なぜ、このギアなのか?」
「なぜ、このホイールなのか?」
「なぜ、このタイヤ幅なのか?」
「なぜ、このハンドル幅なのか?」
と考えてみてほしい。
そこには、単なる機材スペックではなく、
勝つためのエンジニアリングとライディング戦略
が詰め込まれている。
そして、これこそがプロロードレースを「機材」という視点から見る最大の面白さなのだ。



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